2007年11月10日

悲しみ・・・って、寄り添うこ・・・

18年間の人生いや猫生を全うした「たま」という猫のことを書いたんだけど、人にたとえれば100歳に等しいという。
同じレベルで並べて不謹慎なのかもしれないが
 この春100歳のお祝いが総理大臣から届き市長が訪ねてくれたTさん、戸籍では明治40年となっているが親から39年の生まれだと聞いていてホントは101歳なんだという。しばらく疎遠にしてたんだが自分勝手に元気でおられるであろうと思っていた、というより思う事にしてたんだと思うが。
 入院された彼女は、今点滴も受け付けにくくなりスプーンのわずかの水が入ったり入らなかったりとかだそうで、1世紀を越えての最期を生きておられる。
でも彼女には「うた」があるそうである。
 世話になった施設で何度か彼女と歌った、初めの頃は元気に歩いて来てなかなか座る人のいないいちばん前の真ん中の椅子にちょこんと腰かけて、次には車椅子、そしてまた横になった状態でも職員さんに連れてきてもらい、マイペースでなつかしい歌は一緒に歌った。
 病院のベッドで彼女は彼女を支えて来た「うた」を、最期を、60歳をいくつか過ぎた娘さんと
 ♪あーそれなのにそれなのに♪怒るのは 怒るのは あったりまえでしょう♪今夜も歌う、もうほとんど声にならなくなってきたようだけれど。

写真は1977年数河高原飛騨フォーク村のテーマ「さあとびあがれ!」の一節、30年前・・・・・  

Posted by sello at 10:36Comments(0)TrackBack(0)

2007年11月05日

悲しいけれど

ぼくはときおり悲しい場面に遇う、立場上それが直後のことであり直前のそれを知らないことが多い。

この飛騨の片隅で
また ひとつ 小さな ほんとにちいさな灯 が消えた

消えない灯となって 輝き続ける そう思えるまでには
いくばくの時間が必要なのだろうか  

Posted by sello at 12:04Comments(0)TrackBack(0)

2007年11月02日

たま さん 人なら100歳?

友人が18年間共にした たま(猫)さんが 水も飲まなくなって 最期のいのちを生きているそうです。

 僕も 蟻、ギス(きりぎりす?)すずめ、文鳥、伝書鳩、亀、めだか、ざっこ(ちちかぶ?、とちかぶ?、どちかぶ?)、金魚(鯉のこ?鮒?)、熱帯魚、にじます、いわな、猫や犬、いっぱいのいのちと関わらせてもらった、そして父母も浄土に還り、
自分だけまだ生きさせてもらってる・・・  

Posted by sello at 09:12Comments(0)TrackBack(0)